ノーヒットノーランと完全試合の違いとは?記憶に残る記録を紹介!

ノーヒットノーランと完全試合の違いとは?記憶に残る記録を紹介!

ノーヒットノーランや完全試合は、凄い記録というのは分かっていても、その違いなどが分かりづらいですよね。

今回はノーヒットノーランと完全試合の違いに加えて、野球ファンの記憶に残る記録を紹介していきます。

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ノーヒットノーランと完全試合の違い

ノーヒットノーランとは?

ノーヒットノーランは「ノー=無」「ヒット=安打」「ラン=得点」で『無安打無得点試合』という意味です。ちなみに「ラン=ホームラン」と勘違いしやすいですが、安打にホームランが含まれています。

つまりノーヒットノーランは、相手チームの打者にヒットを1本も打たれず、かつ相手チームに1点も得点を与えなかった記録ということです。

野球で打者が出塁する方法はヒット以外にも四死球・エラー・振り逃げなどがありますが、ヒット以外の出塁なら何度出塁を許しても、得点を取られない限りはノーヒットノーランとなります。

メジャーリーグはちょっと違う?

メジャーリーグでは日本の記録とは違い「ノーヒッター」という記録になっており、得点を取られてもヒットを打たれなければ記録になるようです。

ですから「ノーヒッターでも負け投手」ということがあり、1964年にヒューストン・コルト45’sのケン・ジョンソン選手が記録しています。

ちなみに日本では一人で投げ切った例はありませんでしたが、1939年に南海の宮口美吉投手と平野正太郎投手の継投で、阪急を無安打に抑えるも1-2で敗れるという試合があったようです。

完全試合

完全試合はノーヒットノーランに加えて、 四死球・エラー・振り逃げでも、相手チームに出塁を許さなかった記録です。もちろん一人も出塁しませんので、相手チームに得点を与えることもありません。

日本では一人で投げ切った場合のみ公式記録となり、継投で達成した場合には参考記録として扱われます。メジャーリーグでは継投でも記録として認められるようですが、継投で完全試合を達成した例は、これまでないようです。

また、日本のプロ野球での完全試合の記録は、1994年5月18日の巨人-広島戦で、現在は野球解説者として活躍中の槙原寛己さんが達成して以来、20年以上誰も成し遂げていません。(2015年9月30日現在)

この槙原さんの完全試合の記録は、平成としても唯一の記録になっています。

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記憶に残る記録

1971年のオールスターゲーム

日本では、継投によるノーヒットノーラン・完全試合は参考記録となりますが、1971年のオールスターゲーム第1戦目で、 セリーグがパリーグ相手にノーヒットノーランを達成しています。

この試合でのセリーグは、この5名の投手によるものでした。

  • 江夏豊投手(阪神)
  • 渡辺秀武投手(巨人)
  • 高橋一三投手(巨人)
  • 水谷寿伸投手(中日)
  • 小谷正勝投手(大洋)

この試合で先発した江夏投手は初回から3回まで9連続奪三振を記録しており、こちらの記録のほうが野球ファンの記憶に残っているのかもしれませんね。

1998年の夏の甲子園決勝

ノーヒットノーランの記録はプロ野球だけでなく、もちろん高校野球でも記録することがあります。

現在福岡ソフトバンクホークスに所属している松坂大輔投手は、横浜高校時代の1998年の夏の甲子園の決勝戦で、京都代表の京都成章高校相手に達成しています。

この年の夏の甲子園では、現在巨人で活躍中の杉内俊哉投手も鹿児島実業時代、青森代表の八戸工業大学第一高校との1回戦で達成しています。

また、2004年には現在米メジャーのレンジャーズに所属するダルビッシュ有投手が、東北高校時代の春の選抜1回戦、熊本代表の熊本工業高校戦で達成しています。

2012年5月30日 巨人-楽天

2012年5月30日の巨人-楽天戦では、巨人の杉内俊哉投手が9回2アウトまで楽天をパーフェクトに抑えていましたが、27人目の打者となった楽天・中島俊哉選手に2ストライクから四球を与え、1994年の槙原選手以来の完全試合を逃しました。

しかし、杉内投手はこのあとの聖沢選手を見逃し三振に抑え、 ノーヒットノーランを達成しています。

なお、高校時代の全国大会とプロ野球両方でノーヒットノーランを達成したのは、杉内投手が史上初で、現在もただ一人となっています。(2015年9月30日現在)

西武・西口文也投手の記憶に残る記録

ここからは先日引退した西武・西口文也投手が、あと一歩でノーヒットノーラン、または完全試合を逃した試合を紹介していきます。

2002年8月26日 対千葉戦

この試合では福浦和也選手への四球による出塁のみに抑えて、9回2アウトまでノーヒットノーランとしていました。しかし、小坂誠選手にセンター前ヒットを許し、記録達成とはなりませんでした。

なお、この試合では続くサブロー選手にもヒットを許しましたが、後続を抑えて2安打1四球で完封勝利を飾っています。

2005年5月13日 対巨人戦

この試合では、清原和博選手への死球による出塁のみに抑えて、9回2アウトまでノーヒットノーランとしていました。しかし、清水隆行選手に本塁打を許し、記録達成とはなりませんでした。

なお、この試合では後続を抑えて、1安打1死球の完投勝利を飾っています。

2005年8月27日 対楽天戦

この試合では、9回終了までパーフェクトに抑えながらも、味方からの援護が無く0-0のまま延長戦へと突入してしまいました。そして、10回表に沖原佳典選手に安打を許し、記録達成とはなりませんでした。

なお、この試合でも西口投手は後続を抑え、直後の攻撃で味方が得点を挙げてサヨナラ勝ちしたため、西口選手の記録は10回1安打1四球で完封勝ちとなっています。

ノーヒットノーラン未遂は4回?5回?

西口選手は、1999年9月19日のオリックス戦でも8回2アウトまでノーヒットノーランに抑えながらヒットを打たれてしまい、この試合も含めると、記録まであとわずかだったのが4度ということになります。

さらに1996年9月23日の対近鉄戦では、初回に水口栄二選手にヒットを打たれながらも、その後は最後までパーフェクトに抑えて完封勝利を挙げたという記録もあります。

西口選手があとわずかで記録達成というと先に挙げた3試合が取り上げられることが多いですが、実は惜しかった試合が+2試合で合計5試合もあるのです。

これが西武・西口文也投手のプロ野球ファンの記憶に残る記録であり、ノーヒットノーランを1回達成するよりも困難な偉業です。

西口選手はこのような記憶に残る記録とともに、入団から21年間西武一筋で非常にファンから愛されている選手でもありました。

今後も指導者や解説者として、球界を盛り上げてほしいですね。

西口選手、お疲れ様でした。

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