稀勢の里の経歴をチェック!意外な性格や記録とは?

稀勢の里の経歴をチェック!意外な性格や記録とは?

今回は稀勢の里(きせのさと)の経歴や性格を紹介していきます。

平成29年3月場所を19年ぶりの日本出身横綱として迎える稀勢の里ですが、その経歴を振り返ってみると、実は多くの記録を相撲界に残してきたのが見えてくるのでした。

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稀勢の里のプロフィール

  • 本名:萩原 寛
  • 生年月日:1986年7月3日(30歳)
  • 出身地:茨城県牛久市
  • 身長:188cm
  • 体重:175kg
  • 所属:鳴戸部屋 ⇒ 田子ノ浦部屋
  • 取り口:左四つ

稀勢の里は小学校・中学校時代は野球部で、強豪校から勧誘されるほどの実力がありましたが、中学卒業後すぐに角界入りしています。

稀勢の里の性格

無口?

稀勢の里はインタビューなどでもあまり多くを語ず、笑顔を見せることも少ない力士ですが、実は話好きで、飲みに行った時もよく冗談などを言うようです。

力士は角界に入った時に相撲教習所という教育施設で力士としての教養などを学びますが、そこでは『あまり感情を出さないように』と教えられます。

これは負けた力士に対しての配慮であって、力士としての品格です。

ですから、稀勢の里もその教えを守って感情をあまり出さないだけで、本当は明るい性格なのです。

不器用

稀勢の里はたびたび「いつ結婚するのか?」と話題になりますが、本人は「自分は不器用なので、一度に二つのことには集中できない」と言います。

これはつまり「今は力士として相撲に集中しているから、恋愛や結婚はまだできない」ということです。

ちなみに稀勢の里以外の白鵬・日馬富士・鶴竜の3人の横綱はすでに結婚しており、現役中に結婚する力士は非常に多いです。

しかし、武蔵川親方(第67代横綱武蔵丸)も現役時代は独身を通していましたので、もしかすると稀勢の里も現役中は独身を貫き通すのかもしれませんね。

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稀勢の里の経歴と記録

17歳9か月で新十両

中学を卒業してすぐ(平成14年3月)に角界入りした稀勢の里は、平成16年5月に17歳9か月で新十両となりました。

これは貴乃花の17歳2か月に次ぐ史上2番目の年少記録ですが、最近は中卒で角界入りする力士が非常に少ないので、この記録が更新される可能性はあまりないかもしれませんね。

18歳3か月で新入幕

稀勢の里は十両を3場所で通過し、平成16年11月場所に18歳3か月で新入幕となっており、これも貴乃花の17歳8か月に次ぐ史上2番目の年少記録です。

また、稀勢の里は十両時代までは本名の『萩原』で土俵に上がっていましたが、新入幕を機に四股名を今の「稀勢の里」に改名しました。

なお、十両を3場所で通過するのは十分スピード出世と言えますが、相撲界ではこれまで4人の力士が十両を1場所で通過しており、最近では遠藤も十両を1場所で通過して幕内に上がっています。

19歳2か月で初の三賞

稀勢の里は平成17年9月場所で12勝3敗という好成績を収め、初の三賞となる敢闘賞を受賞しています。

この時はまだ19歳2か月で、これは貴乃花・白鵬に次ぐ史上3番目の年少記録です。
(貴乃花:18歳7ヵ月、白鵬:19歳2ヵ月)

なお、三賞は関脇以下で活躍した力士に贈られますが、稀勢の里はこれまで殊勲賞5回・敢闘賞3回・技能賞1回の計9回三賞を受賞しており、安芸乃島(現・高田川親方)の19回が過去最多記録となっています。

19歳11か月で三役昇進

稀勢の里は平成18年7月場所に19歳11か月で小結に昇進して新三役となっています。

これも貴乃花・北の湖・白鵬に次ぐ、史上4番目の年少記録です。
(貴乃花:18歳11か月、北の湖:19歳7か月、白鵬:19歳10か月)

新入幕から所要42場所で大関昇進

稀勢の里は平成24年1月に大関に昇進しています。

三役昇進までは年少のスピード記録を多く残していましたが、入幕から所要42場所での大関昇進は、史上5番目のスロー記録となりました。

また、幕内に上がってから大関に昇進するまで小結を12場所在位しており、これは大関に上がった力士としては過去最多の記録です。

優勝なしで年間最多勝

稀勢の里は平成28年の年間最多勝を受賞していますが、優勝していない力士が受賞したのは史上初のことでした。

しかし、横綱が三人いる中で年間最多勝を受賞したということは、それだけ実力があるということでもありますので、稀勢の里が横綱に昇進できたのは、これが評価された部分もあると言われています。

⇒ 稀勢の里の横綱昇進は甘い?過去の年間最多勝受賞力士の場合は?

大関昇進後31場所で初優勝

稀勢の里は平成29年1月場所で初優勝を果たしました。

大関昇進後31場所での初優勝は、それまでの琴奨菊の26場所を超えて、史上最も遅い記録となりました。

19年ぶりの日本出身横綱

稀勢の里は平成29年3月場所を、19年ぶりの日本出身横綱として迎えます。

大関に在位した期間がずいぶん長く感じられますが、稀勢の里の大関在位は31場所で、琴奨菊の32場所でも10位なので、実はそこまで長いというわけではありません。
(最多記録は、千代大龍と魁皇の65場所)

ただし、横綱に昇進した力士としては、武蔵丸の32場所に次ぐ、史上2番目の在位記録となっています。

まとめ

稀勢の里の経歴を記録とともに振り返ってみると、このようになります。

  • 平成16年5月:17歳9か月で新十両(史上2番目の年少記録)
  • 平成16年11月:18歳3か月で新入幕(史上2番目の年少記録)
  • 平成17年9月:19歳2か月で初の三賞(史上3番目の年少記録)
  • 平成18年7月:19歳11か月で新三役(史上4番目の年少記録)
  • 平成24年1月:新入幕から所要42場所で大関昇進(史上4番目のスロー記録)
  • 平成28年:優勝なしで年間最多勝(史上初)
  • 平成29年1月:大関昇進後31場所で初優勝(史上最も遅い記録)
  • 平成29年3月:大関在位31場所での横綱昇進(史上2番目の在位記録)

初めて三役に上がってから横綱に昇進するまで10年以上かかりましたが、この間稀勢の里は着実に力を付けてきました。

初優勝までは大関昇進後31場所かかりましたが、これまでに準優勝は12回を誇りますので、実力があるのは間違いありません。

すでに30歳となっているため年齢的な不安の声もありますが、あの大横綱と言われた千代の富士も、31回の優勝のうち19回は30歳を超えてから果たしています。

稀勢の里にも、ぜひそんな活躍を期待したいですね。

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