吉田忠嗣(吉忠マネキン)の経営術!他社との違いや強みは?

吉田忠嗣(吉忠マネキン)の経営術!他社との違いや強みは?

今回は吉忠マネキンの吉田忠嗣(よしだ ただつぐ)社長がカンブリア宮殿に出演した時の放送内容や、観た感想を書いていきます。(2012年10月25日放送)

マネキンは洋服屋には欠かせませんが、僕らにとっては身近なようで謎の多い存在です。そんなマネキンを扱っている会社の裏側と、その経営術を見ていきましょう。

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吉忠がマネキンビジネスを始めたきっかけ

吉忠は1885年(明治8年)創業で、元々は呉服店を営んでいました。

日本初のマネキンは島津製作所が人体模型の技術を活かして作っていましたが、戦時中の操業停止もあり、吉忠が戦後になってその在庫を引き取ったのが、マネキンビジネスを始めたきっかけです。

当時は着物用のずん胴体系のマネキンが主流でしたが、洋服に合うよう試行錯誤を経て8頭身のマネキンを作り、吉忠のマネキンは大人気となりました。

また、当時はまだ買い取りが主流だったマネキン業界に、1952年(昭和27年)に初のレンタルシステムを導入したことでも、吉忠は飛躍的に成長していったのです。

今となってはレンタルはどの業界も当たり前に行っていますが、当時は画期的で客(店側)には非常に喜ばれたようです。

業界初の試みにはリスクがありますが、吉忠の成長ぶりを見ると、先行者利益というのが、いかに大きいのかが分かりますね。

ちなみに、社名は社長の吉田忠嗣氏の名前を略したものかと思いきや、それは違うようです。吉忠の創業は明治8年なので、どう考えても吉田社長は生まれているはずがありませんからね(^^;)

マネキンビジネスってどんな業界なの?

カンブリア宮殿の放送当時、マネキン会社は日本に39社あり、その中でマネキンの原型を作る作家がいるのは、わずか12社しかないようです。(もちろん吉忠マネキンにも原型作家さんがいます。)

そう考えると、マネキン業界というのはかなり狭い業界というのが分かりますね。

また、マネキン1体の値段は大体120~150万円で、レンタルの場合は1ヵ月当たり1万円ほどですが、レンタルの割合は約6割ということで、意外にもまだ買い取りで使っているお店も多いようです。

そんな中で吉忠マネキンは、全国の百貨店の9割が顧客となっており、売上136億円の国内では業界No.1企業となっています。

また、吉忠は1992年(平成4年)に世界一のマネキン会社であるイギリスのルースティン・ホプキンス社を買収し「小が大を飲んだ」として大きな話題になりました。

それによって吉忠のマネキンは今では世界30ヵ国以上でも使われており、世界でもトップメーカーとなっています。

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吉忠マネキンと他社との違いや強みは?

再生技術でコストダウン

業界No.1ということもあって、吉忠マネキンにはもちろんマネキン作成の高い技術力があります。

そしてそれは新しいマネキンを作るだけでなく、一度レンタルに出したマネキンの再生技術にも表れているようです。

新品を作るよりもコストを抑えられ、一つのマネキンを長く使う事で、レンタル代を安くすることができています。

「再生技術によってコストを抑える」というのは、他の業界でも活かせそうな発想ですよね。

圧倒的な在庫でいつでも対応

吉忠マネキンでは常に1万体の在庫を持っており、顧客の要望に応えて、いつでも必要な時に必要な数だけ貸し出すことが可能です。

それでもレンタルしているのは、1ヵ月で全国2600ヶ所に6000体と言いますので、その倍以上の在庫を抱えていることになります。

1体作るだけでも数10万円はかかっていると思われますので、その初期経費を考えると、新規参入が可能な事業者も限られてきます。

だからこそ、マネキン業界は非常に狭い業界なんでしょうね。

顧客のワガママにも対応

吉忠マネキンには既存のマネキンを顧客の希望に合わせてカスタマイズするサービスもあり、番組内ではマネキンを切っている場面も紹介されていました。

顧客の要望だけでなくワガママにも応える神対応です。

このようにマネキン作成の高い技術力に加えて、選択肢のバリエーションの豊富さも、吉忠マネキンの強みとなっています。

吉忠マネキンの打ち出した独自路線とは?

1980年代にDCブランドが全盛期となった時、店員がモデルとして洋服を着るハウスマヌカンも流行し、マネキンがあまり使われなくなった時代がありました。

その時、マネキンに変わるビジネスとして吉忠が始めたのがディスプレイや内装工事で、今ではマネキンを置いていないフロアの店舗設計なども手掛けているようです。

また、1990年代の後半には2億円もの初期投資を行って、すでにLEDの開発に取り組んでいました。

その結果、2005年にはグッドデザイン賞を受賞し、今ではユニクロ全店のLED看板や、神社での舞台照明でも使われています。

ちなみに現在、吉忠の売上の中でマネキンが占める割合はわずか6%ほどに過ぎず、店舗の設計・内装関係の事業が50%を超えているそうです。

吉忠が作った失敗作のマネキン

吉忠には「常に新しいものに挑戦する」という社風があり、新しい事業も色々と挑戦し続けてきた中で見いだしたものでしたが、中には失敗もありました。

以前、高齢化社会に合わせて60代の体型をモデルにしたマネキンを作ったことがありましたが、このマネキンに着せた服が全く売れず、この挑戦は大失敗だったようです。

売れなかった原因はリアル過ぎたためで、どんなに年齢を重ねても、若い時に合わせたいのが消費者の心理としてあるそうです。

マネキンは全てスタイル抜群の美男・美女ばかりですが、それにはこういった理由もあるということなんですね。

まとめ

吉忠マネキンが成長を続けてきた背景には、常に新しいものへの挑戦がありました。

  • 8頭身のマネキンを開発
  • レンタルシステムを導入
  • 顧客の要望だけでなくワガママにも応える神対応
  • ディスプレイや内装などの請負工事
  • 先を見越してのLED開発

しかし、吉忠マネキンにとって、今やマネキンの売上に占める割合はわずかとなりましたが、マネキンは吉忠の全ての事業を生み出した『母のような存在』だと、吉田社長はおっしゃっています。

ですから、吉忠マネキンには「新しいものに挑戦し続ける」だけでなく、『会社にとって大事なものは守っていく』という精神も感じられました。

新しいことを始めるなら、全く畑違いな分野を攻めるのではなく、『軸足はブレてはいけない』ということも学べたような気がします。

⇒ カンブリア宮殿 出演者の記事一覧

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