大関から陥落した力士のその後!復帰できたのは何人いるの?

大関から陥落した力士のその後!復帰できたのは何人いるの?

「大関が2場所連続で負け越した場合、関脇へ降格する」という大関陥落の制度は、昭和44年(1969年)7月場所から適用されました。同時に「直後の場所で10勝以上の勝ち星を挙げれば、大関に復帰できる」という大関特例復帰制度も定められています。

そこで今回は「これまで何人の大関が陥落し、復帰してきたのか?」をご紹介します。

【2017/3/26 追記】
3月場所が終了しましたので、記事の内容を一部修正・追記しました。

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大関から陥落した力士一覧

大関陥落制度が始まった昭和44年7月場所以降、現在(平成29年3月場所終了)に至るまで、大関経験のある力士は49人います。その中で16人の大関が2場所連続で負け越し、関脇に陥落しました(計19回)

その一覧がこちらです。

四股名 2場所前 直前 関脇 関脇場所
前の山 3勝2敗10休 6勝7敗2休 7勝8敗 昭和47年5月
大受 4勝5敗6休 6勝9敗 9勝6敗 昭和49年7月
魁傑 6勝9敗 6勝9敗 7勝8敗 昭和51年1月
三重ノ海 2勝6敗7休 2勝8敗5休 10勝5敗 昭和51年7月
魁傑 6勝9敗 5勝10敗 6勝9敗 昭和52年11月
琴風 5勝10敗 3勝4敗8休 0勝0敗15休 昭和60年7月
霧島 7勝8敗 1勝7敗7休 5勝10敗 平成5年3月
小錦 0勝2敗13休 6勝9敗 2勝13敗 平成6年1月
貴ノ浪 3勝4敗8休 6勝9敗 10勝5敗 平成12年1月
貴ノ浪 7勝8敗 6勝9敗 7勝8敗 平成12年7月
武双山 0勝0敗15休 4勝11敗 10勝5敗 平成12年9月
雅山 7勝8敗 3勝7敗5休 0勝0敗15休 平成13年11月
出島 5勝10敗 3勝3敗9休 5勝10敗 平成13年9月
栃東 0勝3敗12休 0勝0敗15休 10勝5敗 平成16年7月
栃東 2勝2敗11休 3勝3敗9休 11勝4敗 平成17年1月
千代大海 2勝9敗4休 2勝9敗4休 0勝4敗 平成22年1月
把瑠都 1勝3敗11休 1勝2敗12休 8勝7敗 平成25年1月
琴欧洲 4勝3敗8休 1勝3敗11休 8勝7敗 平成26年1月
琴奨菊 5勝10敗 5勝10敗 9勝6敗 平成29年3月

このように、これまで4人の力士(計5回)が特例制度によって大関復帰を果たしました。

次からは大関復帰を果たした力士を紹介していきます。

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大関復帰を果たした力士

魁傑

魁傑(かいけつ)は、大関陥落直後の昭和51年1月場所に7勝8敗で負け越し、大関に復帰することができませんでした。しかし、昭和52年3月場所では自力で大関再昇進を果たしています。

その直前3場所の成績がこちらです。

  • 昭和51年9月場所:14勝1敗 優
  • 昭和51年11月場所:11勝4敗
  • 昭和52年1月場所:11勝4敗

特例制度ではなく、自力で大関再昇進を果たしたのは、これまで魁傑だけです。大関再昇進後は、昭和52年9月場所に再び大関から陥落し、昭和54年1月場所に引退しました。

引退後の魁傑は、放駒部屋の親方として横綱・大乃国を育て、大相撲協会第11代理事長も務めました。理事会を定年退職した後は、2014年5月18日にお亡くなりになっています。

三重ノ海

三重ノ海(みえのうみ)は昭和51年9月場所に特例制度で大関に復帰した後、昭和54年9月場所には横綱昇進も果たしています。

横綱に昇進した直前3場所の成績がこちらです。

  • 昭和54年3月:10勝5敗
  • 昭和54年5月:13勝2敗 準
  • 昭和54年7月:14勝1敗 同

特例制度による大関復帰後に横綱に昇進したのは、これまで三重ノ海だけです。横綱昇進後は2場所連続での優勝などの活躍もありましたが、病気による休場が続き、昭和55年11月場所に引退しました。

引退後の三重ノ海は武蔵川部屋を創設し、横綱・武蔵丸のほか、出島・武双山・雅山の3人の大関を育て、相撲協会の理事長も務めました。2013年2月に協会を定年退職した後は、相撲博物館の館長を務めています。

貴ノ浪

貴ノ浪(たかのなみ)は平成12年3月場所に特例制度で大関に復帰するも、復帰場所から2場所連続で負け越し、再び大関から陥落しています。

大関再々昇進をかけた平成12年7月場所は7勝8敗で負け越し、大関に復帰することができませんでした。その後は平幕上位に定着し続け、平成16年5月場所に引退しています。

引退後の貴ノ浪は、貴乃花部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたりながら、協会の仕事を行っていましたが、平成27年6月に43歳という若さでお亡くなりになっています。

武双山

武双山(むそうやま)は大関昇進直後に2場所連続で負け越して関脇に降格するも、翌平成12年9月場所に10勝5敗という成績で、特例制度による大関復帰を果たしました。

大関復帰後は左肩脱臼のケガに悩まされて角番も経験し、平成16年11月場所に大関のまま引退しています。

引退後の武双山は年寄・藤島を襲名して、武蔵川部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたり、平成22年9月にはその武蔵川部屋を受け継いで藤島部屋と改称しました。

現在は協会執行部入りし、審判部副部長・事業部副部長も務めています。

栃東

栃東(とちあずま)は、平成16年7月場所と平成17年1月場所の2回、特例制度によって大関復帰を果たしています。2度大関復帰を果たしたのは、今のところ栃東だけです。

関脇陥落前には2度、大関復帰後にも1度優勝していますが、平成19年5月に大関の地位のまま引退しました。

引退後は年寄・栃東を襲名して玉ノ井部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたり、平成21年9月に年寄・玉ノ井を継承し、玉ノ井部屋を受け継ぎました。

現在は相撲協会の副理事を務めるとともに、NHK相撲中継の解説などにも出演しています。

まとめ

今回は大関陥落後に復帰を果たした力士を紹介してきました。

  • 制度開始以降、49人の大関が誕生して16人が陥落
  • 大関復帰を果たしたのは5人(特例制度4人、自力1人)

2017年3月場所は、関脇に陥落した琴奨菊に注目が集まっていましたが、残念ながら大関復帰とはなりませんでした。
⇒ 琴奨菊の経歴や過去の成績をチェック!大関復帰の可能性は?

しかし、琴奨菊の大関復帰への道が閉ざされたわけではありません。上位総当たりの関脇という地位で9勝7敗という成績でしたので、まだ上位に力が通用することは証明できました。

魁傑以来となる30年ぶりの自力での大関再昇進を期待したいですね。
⇒ 大相撲の大関昇進の条件について解説!なぜあの大関は昇進できたのか?

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