ノーヒットノーランと完全試合の違い!記憶に残るあの記録!

191.ノーヒットノーランと完全試合の違い!記憶に残るあの記録!

先日、埼玉西武ライオンズの西口文也投手が現役引退を発表し、
引退登板とセレモニーが行われました。

西口選手と言えば、ノーヒットノーランを3度逃した
”悲劇のエース”としても知られていますが、
ノーヒットノーランや完全試合についてよく分からないという方も多いと思います。

そこで今回は、ノーヒットノーラント完全試合の違いや、
歴代の記録の中から記憶に残る記録を紹介していきたいと思います。

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ノーヒットノーランと完全試合の違い

ノーヒットノーランとは?

ノーヒットノーランは、「ノー=無」「ヒット=安打」「ラン=得点」で、
「無安打無得点試合」という意味になります。

ちなみに「ラン=ホームラン」と勘違いしやすいですが、
安打にもホームランは含まれていますので気を付けましょう。
(僕も以前は、ずっと勘違いしていました^^;)

つまり、ノーヒットノーランは、相手チームの打者にヒットを1本も打たれず、
かつ、相手チームに1点も得点を与えなかった記録ということになります。

なので、野球で相手チームの打者が出塁する方法としては、
ヒット以外にも四死球・エラー・振り逃げなどがありますが、
ヒット以外の出塁であれば、何度出塁を許したとしても、
得点を取られない限りはノーヒットノーランとなります。

メジャーリーグはちょっと違う?

メジャーリーグでは日本の記録とは違って「ノーヒッター」という記録になっており、
得点を取られたとしても、ヒットを打たれなければ記録になるようです。

なので、「ノーヒッターでも負け投手」ということがあり、
1964年にヒューストン・コルト45’sのケン・ジョンソンが記録しています。

ちなみに日本国内では、一人で投げ切った例は無いようですが、
1939年に南海の宮口美吉投手と平野正太郎投手の継投で、
阪急を無安打に抑えるも1-2で敗れるということがあったようです。

完全試合

完全試合は、ノーヒットノーランに加えて、
四死球・エラー・振り逃げでも、相手チームに出塁を許さなかった記録です。

もちろん一人も出塁しませんので、相手チームに得点を与えることもありません。

ちなみに、日本国内では一人で投げ切った場合のみ公式記録となり、
継投で達成した場合には、参考記録として扱われるようになっています。

しかし、メジャーリーグでは継投でも記録として認められるようですが、
継投で完全試合を達成した例はこれまで無いようです。

また、日本国内のプロ野球での完全試合の記録は、
1994年5月18日の巨人-広島戦で、現在は野球解説者として活躍されている
元巨人の槙原寛己さんが達成して以来、20年以上誰も成し遂げていません。
(2015年9月30日現在)

そして、この槙原さんの完全試合の記録は、平成としても唯一の記録になっています。

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記憶に残る記録

1971年のオールスターゲーム

先にも書いたように、日本国内では一人で投げ切った場合のみ公式記録となり、
継投では参考記録となりますが、1971年のオールスターゲーム第1戦目で、
セリーグがパリーグ相手にノーヒットノーランを達成しています。

この試合でのセリーグは、当時、阪神の江夏豊投手、巨人の渡辺秀武投手、
巨人の高橋一三投手、中日の水谷寿伸投手、大洋の小谷正勝投手による継投でした。

ちなみに、この試合で先発した江夏選手は、
初回から3回まで9連続奪三振も記録しており、
この記録のほうが野球ファンの記憶には残っているのかもしれませんね。

1998年の夏の甲子園決勝

ノーヒットノーランの記録はプロ野球だけではなく、
もちろん高校野球でも達成されることがあります。

中でも、現在福岡ソフトバンクホークスに所属している松坂大輔投手は、
横浜高校時代の1998年の夏の甲子園の決勝戦で、京都代表の京都成章高校相手に
達成しており、高校野球ファンの記憶に刻まれています。

ちなみに、この年の夏の甲子園では、現在巨人で活躍中の杉内俊哉投手も、
鹿児島実業時代、青森代表の八戸工業大学第一高校との1回戦で達成しています。

また2004年には、現在メジャーのレンジャーズに所属するダルビッシュ有投手が、
東北高校時代の春の選抜1回戦、熊本代表の熊本工業高校戦で達成しています。

2012年5月30日 巨人-楽天

2012年5月30日の巨人-楽天戦では、巨人の杉内俊哉投手が、
9回2アウトまで楽天をパーフェクトに抑えていましたが、
27人目の打者となった楽天・中島俊哉選手に2ストライクから四球を与え、
1994年の槙原選手以来の完全試合を逃しました。

しかし、杉内投手はこのあとの聖沢選手を見逃し三振に抑え、
ノーヒットノーランを達成しています。

なお、高校時代の全国大会とプロ野球両方でノーヒットノーランを達成したのは、
杉内投手が史上初で、現在でも唯一だた一人となっています。
(2015年9月30日現在)

西武・西口文也投手の記憶に残る記録

最後に、西武・西口文也投手があと一歩でノーヒットノーラン、
または完全試合になっていた試合を紹介していきたいと思います。

2002年8月26日 対千葉戦

この試合では、福浦和也選手への四球による出塁のみに抑えて、
9回2アウトまでノーヒットノーランとしていましたが、
小坂誠選手にセンター前ヒットを許し、記録達成とはなりませんでした。

なお、この試合では、続くサブロー選手にもヒットを許しましたが、
後続を抑えて2安打1四球で完封勝利を飾っています。

2005年5月13日 対巨人戦

この試合では、清原和博選手への死球による出塁のみに抑えて、
この試合でも9回2アウトまでノーヒットノーランとしていましたが、
清水隆行選手に本塁打を許し、記録達成とはなりませんでした。

なお、この試合では後続を抑えて、1安打1死球の完投勝利を飾っています。

2005年8月27日 対楽天戦

この試合では、9回終了までパーフェクトに抑えながらも、
味方からの援護が無く、0-0のまま延長戦へと突入してしまい、
10回表に沖原佳典選手に安打を許し、記録達成とはなりませんでした。

なお、この試合でも西口投手は後続を抑え、
直後の攻撃で味方が得点を挙げてサヨナラ勝ちしたため、
西口選手の記録は10回1安打1四球で完封勝ちとなりました。

ノーヒットノーラン未遂は4回?5回?

ちなみに西口選手は、1999年9月19日のオリックス戦でも、
8回2アウトまでノーヒットノーランに抑えながらもヒットを打たれてしまい、
この試合も含めると、記録まであとわずかだったのが4度ということになります。

さらには、1996年9月23日の対近鉄戦では、
初回に水口栄二選手にヒットを打たれながらも、
その後は最後までパーフェクトに抑えて完封勝利を挙げたという記録もあります。

このように、西口選手があとわずかで記録達成というと
先に挙げた3試合が取り上げられることが多いですが、
実は惜しかった試合が+2試合で計5試合もあるのです。

これが西武・西口文也投手の、プロ野球ファンの記憶に残る記録であり、
ある意味ノーヒットノーランを1回達成するよりも困難な偉業です。

西口選手はこのような記憶に残る記録とともに、
入団から21年間西武一筋で、非常にファンから愛されている選手でもありました。

今後も指導者や解説者として、球界を盛り上げてほしいですね。
西口選手、お疲れ様でした。

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