日本人冒険家の中から5名を紹介!どんな記録を果たしてきたの?

日本人冒険家の中から5名を紹介!どんな記録を果たしてきたの?

今回は有名な日本人冒険家を5名紹介していきます。

テレビなどでもお馴染みの冒険家さんもいらっしゃいますが、具体的にどんな記録を果たしてきた凄い方なのか?も合わせてチェックしてみてくださいね。

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有名な日本人冒険家

植村直己

植村直己(うえむらなおみ)さんは1970年に日本人として初めてエベレストに登頂し、同年にマッキンリーの登頂も成功し、世界で初めて五大陸最高峰を極めた方です。

しかし、植村さんは1984年2月12日に世界初のマッキンリー冬季単独登頂を達成しましたが、翌日消息不明となってしまい現在も発見されていません。

なお、1970年に植村さんがマッキンリーの登頂を成功したのは、8月30日と紹介されている場合がありますが、正確には8月26日のようです。

三浦雄一郎

三浦雄一郎さんはプロスキーヤー・登山家として活動している方で、1985年に世界七大陸最高峰全峰から滑降を成功させています。

2003年には70歳7か月の世界最高齢でエベレストの登頂を果たし、2008年にエベレストに再登頂した際には世界歴代2位の75歳、さらに2013年に3度目の登頂をした時には、80歳で再び歴代最高齢記録となりました。

ちなみに三浦さんは日本テレビの「真相報道バンキシャ!」にも、ご意見番として何度も出演しています。

堀江謙一

堀江謙一さんは1962年に単独での太平洋横断を果たしています。

また、1989年8月30日に世界最小の小型ヨットで太平洋横断を達成しており、8月30日は他にも冒険家の記録があることから『冒険家の日』となっています。

さらに、1996年にアルミ缶リサイクルのソーラーパワーボートでエクアドル-東京間の単独無寄港太平洋横断を達成した際には、エクアドル政府からこの航海を讃えて、ガラパゴス諸島の島に「モルツマーメイド島」、岬に「堀江謙一船長岬」と命名されています。

野口健

野口健さんは1999年に25歳の時に世界最高峰エベレストの登頂に成功し、当時の七大陸最高峰の世界最年少記録を樹立しています。

気さくな人柄とユニークな発言でテレビのバラエティ番組にも多数出演していますが、清掃登山や遺骨収集活動などを行うなど、多方面で活動されています。

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秋田県出身の冒険家 阿部雅龍

阿部雅龍のプロフィール

浅草で人力車夫の仕事をしながら冒険家として活動している阿部雅龍(あべまさたつ)さんは、秋田県秋田市生まれで潟上市育ちです。

阿部さんは秋田中央高校を卒業後に秋田大学へ進学し、2003年に春休みを利用して日本をヒッチハイクで周りました。2004年には大学を休学して、幼い頃からの冒険の夢を叶えるために、尊敬する極地冒険家・大場満郎さんの主催する山形の冒険学校で働いた経験もあります。

なお秋田大学には2006年に復学しており、2008年に卒業した時には、大学から優秀生徒賞に選出されました。

これまでの記録

阿部雅龍さんは大学休学中の2005年に、エクアドルの赤道からアルゼンチンの南米大陸道路末端ラパタイア湾までの11000kmを290日かけて自転車で走破し、南米大陸縦断を果たしています。

この時に更新していたブログが2006年にNHKの番組で取り上げられ、全国1000以上のブログの中から最優秀賞に選ばれて一気に知名度を挙げました。
⇒ 阿部雅龍さんのブログ

また、2010年にはアメリカのカナダ国境からメキシコ国境までのコンチネンタル・ディバイド・トレイル4200kmを147日間で縦走し、2011年にはカナダのグレート・ディバイド・トレイル1200kmを42日間で踏破してロッキー山脈両トレイルを踏破しました。

今後の予定

今後の阿部雅龍さんは、2017年に同じ秋田県出身の白瀬矗氏の足跡を辿って南極点まで単独徒歩で行き、その冒険を配信する予定です。

そのためのトレーニングとして、2014年4月にカナダ北極圏単独徒歩500kmを32日間かけて達成し、今年2015年5月にもカナダ北極圏単独徒歩750kmを54日間かけて達成しました。

現在は再び浅草でトレーニングをかねた人力車夫の仕事をしながら『夢を追う素晴らしさ』を広めるべく、講演会などの活動も精力的に行っています。

秋田県出身で僕と同年代にこんな凄い方がいるというのは非常に誇りに思います。

しかし、冒険というのは常に命のリスクと隣り合わせなので、まずは無事帰ってくることを願いつつ、今後の活動も応援していきたいと思います。

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